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理想的な語学レッスンの受講方法について。

 サイマルアカデミーの通訳コースを修了後、私は事務局の方のすすめで、企業向け中国語レッスンの派遣講師をしていました。

 

 ある日、コーディネーターの方から、「弊社の社内研修のプログラムに社員向け中国語レッスンがあるのですが担当しませんか?」とお声がけいただいたので、私は気軽に受けてしまいました。

 

 受講者は小松達也氏。日本の英語同時通訳の草分け的存在にしてサイマル創設にかかわった方です。現役時代は首脳会談やAPEC等、多くの国際会議で通訳者として活躍され、月面着陸を果たしたアポロ計画に関する日米中継の同時通訳もされました。

 

 レッスンで初めてお会いした時、確か80歳を超えられていたのではないかと思います。矍鑠とした方でした。

 

 英語の超プロフェッショナルに中国語をお教えする。言葉では表せない緊張感がありました。

 

 レッスンがスタートし、私は、それまで担当した受講者の方々とまったく違う小松氏の受講スタイルを目の当たりにしました。

 

 小松氏は、レッスン中ずっと口を動かしていました。テキストの会話文、例文などを私が読み上げると、それに続いて何度も復唱されました。その復唱の仕方が他の多くの受講者とは異なっていました。

 

 それまでのレッスンでは、「リピートしてください」と私が受講者に言うと、大抵は1回リピートされるのですが、小松氏のレッスンでは、私は一度も「リピートしてください」という言葉を言うチャンスはありませんでした。

 

 氏は、講師(私)から指示をされる前に自ら中国語の単語やフレーズを復唱されました。しかも、1回2回ではなく、何度も繰り返し読み、絶えず口が動いていたのです。

 

 私の文法の解説を聞いていらっしゃった時でさえ、小さな声で絶え間なく中国語を発音し続けていました。

 

 集中して見本の発音に耳を傾け、そして、自分の口やのどを動かし発声し続けてこそ、その言語が自身の血肉になるのだということを小松氏とのレッスンで私は感じ取りました。

 

 発音方法や文法について頭で考えることはしても、発音や発声は身体運動ですから、体を動かさないことには上達しません。

 

 新しい言語の獲得は、絶え間ない運動によってなされることを初めて意識できた、大変貴重な体験でした。それ以来、私もスペイン語、英語、中国語のレッスンを受ける時は、小松氏の口を動かし続ける能動的な受講スタイルを真似しています。

 

 ただ、私の場合は、講師の先生が何か説明やお話をされている時は聴くことに集中して、それ以外のタイミングでの発音練習、音読練習は指示を待たず何度も繰り返し単語やフレーズを読むようにしています。

 

 小松氏は同時通訳者なので「聴きながら話す」ことができたのだと思いますが、私はそのような特殊技能を持っていないので、「聴く」と「話す」は分けて語学レッスンを受けています。