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渡部恒三氏の思い出

 今回は中国語とは直接関係ないことを書きます。2020年8月、88歳で亡くなられた福島の政治家、渡部恒三氏のことです。

「黄門さま」です。

 

 10年ほど前、私は言論NPOという非営利団体で働いていました。担当していたのは、「東京-北京フォーラム」の運営です。2009年に開催された「第5回 北京-東京フォーラム2009年 in大連」の準備中、ひょんなことから、私はフォーラムに参加される渡部氏のお供をすることになりました。ほぼ荷物持ちです。

 

 大連行きの飛行機に搭乗するまでの時間、渡部氏と秘書の方、そして私も一緒に空港のVIPルームで待機していました。ルームの入り口あたりのテーブルで、私は秘書の方から任務の説明を受けました。渡部氏はルームの中ほどの応接セットのソファーで新聞か何かを静かに読まれていました。

 

 私の緊張をほぐそうとして秘書の方が色々と話しかけてくれたのですが、縮こまってろくな返答ができないでいた私。背後から「あんた!」という大きな声がして、振り返ると、新聞を片手に持ったまま仁王立ちの渡部氏が鋭すぎる眼光で私をじっと見ていました。「あんた、一旦、自分がやると決めて引き受けた仕事は、もっと堂々とやらなきゃいかん。」

 

 大きな声でした。「𠮟り飛ばす」とかではないのです。「活を入れる」ってこういうことなのか、と思いました。

 

 今でも時々、仁王立ちの渡部氏の姿と声を思い出します。その思い出は、もたもたしている私に活を入れてくれるのです。