大変なのは、私より先生⁉

 阵さんのエッセイは、一冊200ページ以上あります。1ページは大体800字から1000字。週一回、先生に翻訳を確認して教えていただくと、1時間でたった1ページしか進みません。計算上、このペースでは200週以上、つまり4年近い年月が必要。しかし、この1ページを訳すのに、私は1週間を費やしてしまうのです。

 

 大変なのは先生の方です。私の波状攻撃のような質問を全身で受け止め満身創痍。

 

 「それはですね、ここが補語になっているので、そう訳さないとダメですね」。補語?ってなんでしたっけ? 

 「この文章は、主部がもっと先まで続くのでこの動詞がメインではありません」。はぁーそうなんですね、なるほど。

 

 私は感心するのみ。理解という所までたどり着いてるかどうか怪しい状態。ひたすら本のストーリーを追えればいいというスタンスです。もはや学習ではないかもしれません。それでも、先生はきっちり伴走して下さいます。

 

 エッセイには、今時の言い回しやモノの呼び方、業界用語が溢れています。先生は日本に住んでいるので、当然ながら中国事情の全てを知っている訳ではありません。しかし私が「これどういう意味ですか?」と聞くたびに「ちょっと調べておきますね」と言い、中国の知り合いや、インターネットなどの手段と知識を総動員して、必ず答えて下さいます。

 

 ある時は、私が雑談で「坤さんは自分の会社を持っていて、東申未来と言うらしいのですが、どういう意味でしょうね?」と言った事があるのですが、数週間後「分かりましたよ。さんの名前の左側の偏を取って右のつくりをみて下さい。東と申という字になりますよね。そこから取ったらしいという記事をようやく見つけました」と教えてくれました。もはや探偵です。

 

 そんな先生に支えられて、私は本当に楽しく本を読み進めていました。

 

 辛いと思ったことがなかったのは、先生のおかげと、たまたま見つけたこのエッセイが、とても面白かったのがその理由だと思います。